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食べれるようになってから
入院してから、経口摂取が出来るまでは正直焦ってその他症状の事も辛かったのですが取り合えず横に置いてました。
そして、その難関の経口摂取が出来ヒト段落ついたら鎌首を上げてきましたねそん他諸症状…
まー嫉妬深いというかほっとかれたからバイ返しというかひとつの緊張から解放されたらものすごく問題山積でした
先ず、眼←基本的に片目づつの視力は大して落ちてなかったのですが(片目押さえての自主判断ですが)量目の焦点が合わないため全方位二重に見える。更に眼球が左右に振動する為非常に気分が悪くなる一応片目をつぶれば振動だけなので景色とかは見ることが出来ましたが、あくまで視野に入ってるだけで意識的に見てる感覚ではなかったです。テレビと本は死ねます…とゆーか目の奥or頭の真中から物凄い痛みがあったので見る気もしませんでした。
時々目玉飛び出るんちゃうかと思うほどの痛みでした!多分後頭部を強打したので後頭部ら辺から痛みが来てたと思うのですが感覚的に目の奥あたりに感じてたのでしょうね正直未だに後頭部というか頭はすぐに痛くなります…鎮痛剤があんまし効かない困ったやつです!
あと全身の強ばりと痺れ…ぶっちゃけ四肢が全く動かない訳ではなくキョンシーかミイラ男みたいなオモッキリ不気味な動作なら何とか動けました。ただ正直体中に拘束具かなにかで体中の動作を制限されているみたいでまた転ばないかハラハラ続きでしたね…おまけに二重に見えるのと左右にシェイクのおまけ付だったので左壁伝いが定番の動作環境でした
後目立ったのが口がラリってた事ですね。頭から言語が出てこないのではなく抽出された言葉を出そうとするのですが腹筋の硬直と左側のほっぺたから左唇が麻痺ってる感じで音として非常に出しにくかったんですね!今になって調べたら講音障害ってやつですかね
見た目はまだしも、人に伝えたい事が伝えられないのは不快です…ぶっちゃけ相手も一生懸命聞こうとしてくれても、聞き取れなかったら聞き返してくるじゃないですか普通?それでも自分のしゃべり方にコンプレックスが有る分イライラして来て強い語気になるんですね!
両親や彼女、病院の諸氏にはご迷惑をかけた旨絶対見てないとは思いますがここにお詫び申し上げます
2008/07/13 (Sun.) Trackback() Comment(0) 入院中
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脱走から凱旋
飲める様になりかなりハイになっていましたが、1週間近くのブランクがあったためまた飲み方を忘れてしまうのも同時に怖かったので帰るまでチョビチョビのみ続けました。
もー胃が小さくなっていたので胃がゲボゲボになってましたが帰るまで飲みつづけました。
楽しかったですねただ水を経口で摂取出来ただけなのですが、生き物の基本を再度出来る様になったのは他の目の振動や四肢の痺れ硬直を忘れさせるほどの大きな前進でした。
病院に帰るや否や本日より食事を開始させてくれと報告する。何故仕事場に行って経口摂取が出来る様になったか看護の方や担当の先生は訝しがってたのではと今では思いますが、私からしたらもー鬼の首をとったテンションですし今すぐにでも有るもの何でも口に入れたい気分でしたので全く問題なかったです
病院に食事の依頼を出してからも止まりません。ない頭を絞って固体と液体の間ぐらいのもを探しましたよ!
で検討の末あったか~いのコーンスープ(粒入り)に決定
エロ本を始めて買う勢いで購入し実食!カーッ何これめっちゃ美味いしあのちょっとザラザラした口当たりに味気!多分一番何が人生で美味かったかと聞かれればあのコーンスープです!即答です!!お蔭様で未だに食に関して特にあれでなければならないというのが無くなりました
食べれる事に感謝です。
あの最後のコーン粒…流石に固体は咳き込みながらですが美味しかった飲めるだけでなく食べれた最初はコーン君!2粒ほど咳き込んで鼻から噴出しましたがコーン君本当にありがとう御座いました
その後病院食を頂戴しました。
多分今食べたら薄味だとか色々見えるところあると思うのですが、相部屋の皆さんと同じ時間に惨めな思いをせずご飯を食べる事が出来て一歩回復出来たのもあり本当に美味しかった
ただやっぱり固形物を食べるのは中々難しく少し鼻から噴出してましたけどね…
2008/07/12 (Sat.) Trackback() Comment(0) 入院中
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入院脱走
当時はまだ脳挫傷がわかっていなかった(嚥下障害とかで死にかけていた1週間まで前後)目の焦点も定まっていなかったのでひげも剃れずヒゲモジャに激ヤセでジャングルでさ迷う旧日本兵の風体に親も不憫に思ってくれたのだろう、母親が藁をもすがる思いで彼女が通っている中国人の先生が行っているハリ治療院に私の症状を伝えた上、それなら連れてきてくれたら(流石に入院中のベットでは施術出来んですわね…)治せるか判らんが一度施術しますよと言ってもらえたと事でした。
まあ自由診療っていうのですか保険でするハリでないので、ビクツク必要は無かったのかもしれませんが一応病院に入院しており、ばれて邪険にされて退院させられたら最悪なので仕事場に一度呼ばれていると言う事で一時外出させてもらいました。
まぁ外出するにしてもやっぱりカラーを貸してもらえなかったので、両手で首を締めるような形で固定し例の鍼灸院まで1時間ほど(体調最悪なのでもっと時間かかった気しました!)走ってもらい施術開始!
こんなん言ったら先生に申し訳ないのですが、正直期待してません。
意識は朦朧としてるし、実績も特に知らないしあくまで親の気持ち立てる感じであかんで当然の気持ちでしたね
確か刺してもらった所も本当に頭に関係あるんかと言う所に刺されていたと思いますわ!
まあかれこれ1時間ほどかな施術してもらっていきなりコップに水を入れて差し出されましたよ私の意見の有無は関係なく!
本当になんかピキーンと啓示のような大きな力を感じてないし、絶対チアノーゼおこしてここで死ぬねんわと半ば諦めながら飲み込もうとしたらソラもープロレスラーの毒霧のように全輩出ですよ
本気で死を意識しましたね…こちとら1週間近く隠避していた水を飲まずには帰れん雰囲気でしたし。
ここで再度施術開始。飲んだ振り出来るような手品のタネを用意してないしさーどうしようか朦朧とする頭で考えても答もです悩みましたねー
でもー思案に必死で試すつもりでもなくたまたまゴクリとツバを飲み込んでしまいました!
…入っちゃいましたよえ?今の何?ツバ何処いったん?何時もみたいに咳出ないけど…まさか入院する前みたいにちゃんと胃の方いったん?
アルキメデスが入浴中に、浮力の原理(アルキメデスの原理)を発見したときに、あまりの嬉しさから裸で町中を走り回りながら叫んだみたいにほえてしまいました齢30をも越えて
いやーびっくりした!親もスタッフの方もびっくりしてた多分…飲みましたよ水!ただの水ですが命の礎ですこれを体が拒否ってる以上半分死んでるようだったのが自ら摂取出来るようになったんですよ
水なんか無味無臭で味気なんか無いものですがこのときの味は多分命の味でしたね!
呼吸停止で一度死にかけ摂食拒否で再度死を覚悟してましたが地獄から取り合えず脱出出来ることが出来ました。
この年で親に再度お水飲めて良かったと泣かせた事本当に申し訳なくもあり、親の必死さで助けてもらった事
コレだけは今でも忘れられないですね!
2008/07/12 (Sat.) Trackback() Comment(0) 入院中
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その後入院中4
脳挫傷は分かりましたが如何せん飲めず食えずで相部屋の私は食事の時間は拷問でした…空腹が一番のスパイスと言うか、病院食の匂いですら私には耐えがたい上質な代物でした
私のご馳走はガムでした。無論ツバすら飲み込めないので舌の上で味を堪能してツバを吐き出すというボクサーの水分絞りでしたね!多分眼つきは減量中の力石(若い人は知らないね)並みのあっち側行っちゃった眼でしたよ
この飲み込めないというのは食道が詰まっているとか痛いとかじゃなく、なんと言うか逆上がりのコツのように口で説明しづらい、のどの奥で飲み込む際繰り広げられている地味な動作を体が忘れてしまった感じなんです。
交通整理のおっちゃんみたいな動作が作動していないので気管と食道に分かれるYじの道で全部気管に行っちゃう感じですか自分のツバで窒息して死にかける事多数、一番死にたくない死に方だとおもいます。
結局こいつがどーにかならない限り点滴が外せないので(ライフライン)日に日に痩せながらも何も出来ずでした。
結局1週間近くは飲まず食わずでしたが、寝ている間はツバどないなってたんやろ…無意識のときは飲み込めてたんかな?
2008/07/12 (Sat.) Trackback() Comment(0) 入院中
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その後入院中3
やっとの事で回してもらった眼科!片目の視力等はいままで通りで特に低下なし。ただ私医療用語がいかんせんよく分からないのですが、目がやっぱしブルブルと振動しておりました嬉しくはないのですが別に詐称してもなかったので、理解してもらって良かったです。正直目がブルブルしていたのと物の焦点が合わず二重にみえてて困ってたので仮病とか精神的で流されなかったのは自分のボーっとした頭の寝言で済まんで助かりました!眼科の先生から救急の先生に異常な点を報告して下さったから脳外科?にも回してもらえて今でも感謝してます
頭が痛い中でもゴネテ良かったと今でも思っております。
その後再度脳中心にMRIを取っていただき(うるさねあの鳥みたいなん)脳の検査して頂いたら中脳?(脳幹)辺りに曇りが小さいながらあったみたいですこの時に脳挫傷あった事が分かったんですね…
別に病名を頂戴しても治る事がないのわかってますが急アルでない(急アルも大変なのわかりますが)でないことが自ら分かった事は大きな収穫でした。
2008/07/11 (Fri.) Trackback() Comment(0) 入院中
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その後入院中2
その後も急アルの緊急扱いで大変往生いたしましたが、担当医の「まだ帰れませんか?」の一言でブチギレを致しまして、ラリった口で「帰れるものなら帰ってる!年度末の多忙で仕事に迷惑かけてるしmここも救急で勝手して部屋取ってもらってるも分かってる!ただ体中痺れてるわ動かんわ、目もブルブル亜焦点さだまらへんし飯も通らんのにどないせー言うねん!」と…
人間言葉で理解してもらえなくても、目付きや体の動きで必死さは分かってもらえるのですね!ようやく院内の眼科と脳外科?でも精密検査してもらえるようになりました私事でおった事故なのは重々承知してますが、余りにも不明な事がおおかったので必死でしたね!
2008/07/11 (Fri.) Trackback() Comment(0) 入院中
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その後入院中
嚥下障害は結局入院病院では相手にしてもらえませんでした親に入院中なの病院から別の病院に嚥下障害に強い病院に連れてってもらいました。(未だに入院中の病院がそっちで診てもらってくれと言われたのがそんなん良いのか理解不能ですが…)でも結局何も答えが出ず入院中の病院に帰宅?しました。
人間あんな病院食なんざと思う所ですが一切摂食が出来ないとなると重湯の匂いだけでも興奮してまいますね!自分が排出して吸収するツバすら飲めないとは生きてきて考えた事もないですからね!
でも、なかなか面白い事に小水は点滴の水分で出るのは理解出来ていても大も出るのは大したものでした!
内部では一応生きようとしてくれていたんは、心の支えでした。
でも、カラーとかアイスノンあんましかしてくれんかったんは辛かったなー
2008/07/11 (Fri.) Trackback() Comment(0) 入院中
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その次の日
何も飲み込めない(嚥下の異常)は自分の置かれた状態を本当に考えさせる大きなウェイトでした。
脳震盪で今ひとつ状況を理解し難い状態でしたが、飲み食いを体が受け付けない事でよくわかりましたよ…
目が振動してるとか四肢が痺れて動かないとか、頭の中が本当に痛いとか色々。
でも、年度末で会社が忙しい事と、私事で起した事故なんでクビなるのが怖かったから本当にどうしたら
良いか分からん日でした。
追伸…どうも私が運ばれたのがただの急逝アルコール中毒だと担当医に思われていた模様で嚥下異常も全く聞き入れて貰えなく首のカラーも取られました
この日から(正確に言えば入院時からかな)点滴だけで良いダイエットをさせてもらいました。
2008/07/11 (Fri.) Trackback() Comment(0) 入院中
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次の日
意識混濁ですね!誰が居るとか頭の中での言語理解や言葉を発生させたいのですが頭の中心(目の奥位?)が恐ろしく痛いし、体中が痺れて困ってましたよ確か(汗
お見舞いに来てくださった方にも気持ちよく対応したかったのですが口が動かず多分ラリって対応してたはずです。
ただ、昨日まで普通に話ししていたので当人はショック症状で一時的に具合悪いつもりだったのですが、お見舞いに来てくださった方はラリったしゃべり方に相当対応困ったと思います。
私はもうすぐに帰るつもりでしたがツバすら飲み込めない状況でした…嚥下障害ってやつですかね
自分のツバでチアノーゼをおこして死にかけてこれは普通じゃないのを理解しました…
まるで減量中のボクサーみたいにティッシュを抱えツバすら全部出してました。
飲めない食えないの明日のジョーの始まりの日でした。
2008/07/11 (Fri.) Trackback() Comment(0) 入院中
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事故当日
その日はまぁ2月末ともあって寒い日でした。
友達の飲み会に誘われてたので、元々鼻が調子が悪く普段は鼻炎薬を日に3回飲んでたのを
この日は朝だけで止めておりました。
そして飲み会まで結構時間が有ったのでリウマチの婆ちゃんに葛湯とか生姜湯を買って時間を潰し、
飲み会に参上
飲み会では友達とはいえ年上の人が多数いたのでそこそこ控え目で飲んでいたのですが、店から出るとき転倒…段差なんか無かったのに転倒
この時点からもう序曲だったんでしょうね!普段家の前まで送ってくれることの無い友達が入室完了まで見届けてくれる腹づもりで送ってくれました。
そしてインドアまで後一歩の所で後ろに滑り転ぶ…
壁に後頭部を強打し意識不明で呼吸停止なったとの事でした。
本人は一切の意識が無いためここからは本当に聞き知った話なのですが、人工呼吸で(男の方がわしの為にですよ!嫁さんがそこにいてはったのに!本当に感謝です)救急車が来るまで延命してもらい、救急車がきても脳内出血とかMRiとか施設がある病院を探すのに1時間ほど家前で探してもらい(救急隊員の方もお名前も存じ上げておりませんが尽力下さってありがとうございました
)ようやく検査施設もある病院に送ってくれたみたいでした。
友達らも私の携帯から親の番号を捜してくれ電話してくれました…もしあの時私が死んでたとしてもあの友達らの思いで親に死んだ旨伝えてくれたと思ったら今でも感謝してます。
ちょうどと言うか身内に体調が不良で何時訃報の電話があってもよいように枕もとに親が携帯を置いていたのもあり私のブチ倒れた一報もすぐ伝わったみたいでした。
私は入院中記憶混濁とパニックがあったのでしょうか病院のベットで相当暴れたみたいでした片半身で暴れまわしてベットのヘリ(布団が落ちないようにするパイプのヤツ)を破壊したようです…
その夜は本当に皆様にご迷惑をかけたようでした
死んでても迷惑やけど生きててもかなり迷惑をかけたみたいですね!
2008/07/11 (Fri.) Trackback() Comment(0) 入院中